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草案_0529 [90’s ~]

自分なりにレナード・カムホート氏を追悼する記事
を書こうかとふと思い立ち、ごそごそと遠い記憶を
辿りはじめてみました

記事にする前に、もしかするとあまり一般的に知ら
れていない情報もあるかもと思い、当時の噂話など
も含め覚え書きをつらつらと

☆クロムハーツ前夜 1985~1987
建築会社で大工としての修行を断念しつつも、家具職人として一定の評価を得つつあったリチャード・スターク氏でしたが、同社が平行して取り扱っていた皮革製品輸入業のセールスに転身

BWLにも出入りするところで銀製品にも影響を受け、当時工房にいたガボール・ナギー氏(故人)やギローム・パジョレック氏とも顔見知りに、ギローム氏からバイクに乗ることを薦められバイカーに(噂話)

全米をセールスで巡回する間にジョン・バウマン氏と知り合い意気投合、既存のバイクファッションにあきたらず自分たちが身につけたいファッションを求め、彫金職人のレナード・カムホート氏を引き入れて新たにブランドを設立へ

☆1988
リチャード・スターク氏、ジョン・バウマン氏と共にクロムハーツを設立

☆クロムハーツ時代 1988~1994頃
シルバー製品のデザイン、制作を担当(クロムハーツから依頼され外注的な立ち位置だったスタンリー・ゲス氏は主に特注品やギミック等を担当)

レナード・カムホートの初期のリングがとても着け心地が良かった事とスタンリー・ゲス氏はリングの制作がどちらかといえば苦手なところから(本人談)、レナード氏はクロムハーツの中でも比較的リング制作の比重が大きかったのではと推測(個人的推測)

☆1993~94頃
クロムハーツ全体で権利、金銭トラブル
分裂の危機、何ものかによってシルバー製品の原型、ゴム型の一部がクロムハーツから外部に持ち出されるというトラブルも発生(当時業界にあった噂話)

昔の年号の型はこの時に消失、ブランド側にも帰ってこず残っていないのでこの時期以降にカタチの変わった定番モデルがいくつか存在(確実な裏がとれなかったのでこれも噂話で)

この時期に古くからクロムハーツに在籍していたスタッフもかなり脱退、本社とファクトリーが移転

☆1995
レナード・カムホート氏 一度目のクロムハーツ脱退

長くなりそうなので今日はこのあたりで
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