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草案_0531 [90’s ~]

前回の続き

☆1996
レナード・カムホート氏、娘婿のデボン・ウィラー氏とレナード・カムホートを設立

☆1996~1998
メインティングフライト発表、取り扱いは世界的に有名なセレクトショップMax fieldから独立したスタッフで立ち上げたNAKED(現在閉店)より

なめらかに美しく流れる曲線美の造形と噛みつく場所やその組み合わせによって多彩な表情を見せるクラスプ、なによりシルバーアクセサリーに音色を持ち込んだその斬新なアイデアに感動でした(懐)

日本での取り扱いは確か少し遅れて、1997年頃にNAKEDから買い付けてきてたセレクトショップが幾つか、本人から直接だと舶来堂がスポット的な取り扱いで、1998年頃にMICが代理店に

この時代はかなり数が少なかったですが、レナード・カムホート氏が最初から最後まで直接手を入れた作品(鋳造だけはたぶん外注だったのかも)が流通でした

最初期から初期は制作が職人気質らしくマイペースでガボールと同様にとにかくモノがない状態でした

本人がMICに持ち込んだ時にはベルの一般販売用の手持ち在庫はなかったとか当時そんな噂もありました(噂話)

☆1998後半
娘リラ氏、娘婿デボン氏と制作の方向性でトラブル
終始自分のペースでやりたいレナード氏と製品として広くデリバリー体制を整えたい娘夫婦との方向性の違いにより一時仲たがい、この時期にデボン氏が主導する製品も市場に出回る

☆1999
娘夫婦と仲直り
雑誌やムックにて仲直りした旨の記事が掲載
その中のひとつを担当した友人が撮影時に「これからなので記事よろしく」とご本人より通常とは異なるサイズのベルを貰う(当時サンプル作りもかなり積極的だった模様)

TV CM効果
サントリーリザーブのCMで木村拓哉氏がシルクリンクブレスを着用した姿がTVで流れ話題に、一般的なブランドの認知度が格段に上がりブレイク!

余談:90年代中頃から木村拓哉氏=お洒落が不動のものに、スタイリストの野口強氏の抜群のセンスとその影響力はこの頃からもの凄かったです(懐)

3つのレナード・カムホート
レナード氏が一から手掛けるレナード・カムホート
レナード氏の原型とデボン氏の生産体制のレナード・カムホート
レナード氏とデボン氏の関わらないレナード・カムホート

この時期はこの3つが平行して存在しました、最後のはちょっと切ない感じですがこの時期は本当に色んな出来事がありましたとだけ・・・(><)

☆2000~
Leonard Kamhout → L-one / Lone Ones名称変更

キッシーズ発表

レナード・カムホート氏はブランドの一線から退きデボン体制に

☆2007~
当時米国で流行中だったSNSの確かマイスペース(うる覚え)上でレナード・カムホート氏と直接やりとりしていた知人からクロムハーツのファクトリーに出戻りしている事が判明!

暫くクロムハーツに在籍して、その後詳細時期は不明ですが二度目の脱退、引退して隠居生活へ

☆2016.12.31
レナード氏 享年70歳にて

心よりお祈り申し上げます(=人=)

☆言われている人物像など
左利き
ベジタリアン(ビーガンではなかった模様)
お酒と特殊なハーブが大好き
ちょっと思いつきで好き勝手言っちゃたり

クロムハーツ時代制作されたと言われているモチーフ
クロス関連
ローラー
カンパナ
バルカン
ハートダガー(ダガーの初期案はスタンリー・ゲス氏)

と長々と書いてみましたが、さてひとつの記事でまとまるのかどうか・・・(^-^;

それでは今日はこのへんで
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