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LK追悼 [90’s ~]

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自分なりにレナード・カムホート氏を追悼する記事
を書こうかとその草案を二つアップしましたが

ひとまとめにするとかなりのボリュームになるので
草案はこれまでのブランドの流れとして記事を残し
つつ、もう一文追加で書いてみようかと

クロムハーツ創設の一人として、主要なモチーフのデザインや制作に携わったレナード・カムホート氏は今日のクロムハーツの成功に間違いなく欠かす事のできない重要なファクターでした

またレナード・カムホート時代にも素晴らしいデザインや斬新なアイデアでファンを魅了、晩年は少し不遇の時期もままありましたが、氏の功績はきっと今後も語り継がれてゆく事でしょう

突き詰めれば初期の作品かもしれませんが、どちらかといえば独立後は原型がメインだったので、ブランド存続中の今後もそう生産体制が大きく変わることもなく(多少の機械化はありましたが)氏がデザインしたものを定番として展開していけるのはここの大きな強味な気がします

個人的にはどちらかと言えばクロムハーツ時代のファンでしたが、レナード・カムホート時代の作品から受けた衝撃は今も鮮明に記憶に残っています

ステキな作品をありがとうございました!
どうぞ安らかに(=人=)

関連リンク
草案_0529(1985~1995)
草案_0531(1996~2016 +α)

草案_0531 [90’s ~]

前回の続き

☆1996
レナード・カムホート氏、娘婿のデボン・ウィラー氏とレナード・カムホートを設立

☆1996~1998
メインティングフライト発表、取り扱いは世界的に有名なセレクトショップMax fieldから独立したスタッフで立ち上げたNAKED(現在閉店)より

なめらかに美しく流れる曲線美の造形と噛みつく場所やその組み合わせによって多彩な表情を見せるクラスプ、なによりシルバーアクセサリーに音色を持ち込んだその斬新なアイデアに感動でした(懐)

日本での取り扱いは確か少し遅れて、1997年頃にNAKEDから買い付けてきてたセレクトショップが幾つか、本人から直接だと舶来堂がスポット的な取り扱いで、1998年頃にMICが代理店に

この時代はかなり数が少なかったですが、レナード・カムホート氏が最初から最後まで直接手を入れた作品(鋳造だけはたぶん外注だったのかも)が流通でした

最初期から初期は制作が職人気質らしくマイペースでガボールと同様にとにかくモノがない状態でした

本人がMICに持ち込んだ時にはベルの一般販売用の手持ち在庫はなかったとか当時そんな噂もありました(噂話)

☆1998後半
娘リラ氏、娘婿デボン氏と制作の方向性でトラブル
終始自分のペースでやりたいレナード氏と製品として広くデリバリー体制を整えたい娘夫婦との方向性の違いにより一時仲たがい、この時期にデボン氏が主導する製品も市場に出回る

☆1999
娘夫婦と仲直り
雑誌やムックにて仲直りした旨の記事が掲載
その中のひとつを担当した友人が撮影時に「これからなので記事よろしく」とご本人より通常とは異なるサイズのベルを貰う(当時サンプル作りもかなり積極的だった模様)

TV CM効果
サントリーリザーブのCMで木村拓哉氏がシルクリンクブレスを着用した姿がTVで流れ話題に、一般的なブランドの認知度が格段に上がりブレイク!

余談:90年代中頃から木村拓哉氏=お洒落が不動のものに、スタイリストの野口強氏の抜群のセンスとその影響力はこの頃からもの凄かったです(懐)

3つのレナード・カムホート
レナード氏が一から手掛けるレナード・カムホート
レナード氏の原型とデボン氏の生産体制のレナード・カムホート
レナード氏とデボン氏の関わらないレナード・カムホート

この時期はこの3つが平行して存在しました、最後のはちょっと切ない感じですがこの時期は本当に色んな出来事がありましたとだけ・・・(><)

☆2000~
Leonard Kamhout → L-one / Lone Ones名称変更

キッシーズ発表

レナード・カムホート氏はブランドの一線から退きデボン体制に

☆2007~
当時米国で流行中だったSNSの確かマイスペース(うる覚え)上でレナード・カムホート氏と直接やりとりしていた知人からクロムハーツのファクトリーに出戻りしている事が判明!

暫くクロムハーツに在籍して、その後詳細時期は不明ですが二度目の脱退、引退して隠居生活へ

☆2016.12.31
レナード氏 享年70歳にて

心よりお祈り申し上げます(=人=)

☆言われている人物像など
左利き
ベジタリアン(ビーガンではなかった模様)
お酒と特殊なハーブが大好き
ちょっと思いつきで好き勝手言っちゃたり

クロムハーツ時代制作されたと言われているモチーフ
クロス関連
ローラー
カンパナ
バルカン
ハートダガー(ダガーの初期案はスタンリー・ゲス氏)

と長々と書いてみましたが、さてひとつの記事でまとまるのかどうか・・・(^-^;

それでは今日はこのへんで

草案_0529 [90’s ~]

自分なりにレナード・カムホート氏を追悼する記事
を書こうかとふと思い立ち、ごそごそと遠い記憶を
辿りはじめてみました

記事にする前に、もしかするとあまり一般的に知ら
れていない情報もあるかもと思い、当時の噂話など
も含め覚え書きをつらつらと

☆クロムハーツ前夜 1985~1987
建築会社で大工としての修行を断念しつつも、家具職人として一定の評価を得つつあったリチャード・スターク氏でしたが、同社が平行して取り扱っていた皮革製品輸入業のセールスに転身

BWLにも出入りするところで銀製品にも影響を受け、当時工房にいたガボール・ナギー氏(故人)やギローム・パジョレック氏とも顔見知りに、ギローム氏からバイクに乗ることを薦められバイカーに(噂話)

全米をセールスで巡回する間にジョン・バウマン氏と知り合い意気投合、既存のバイクファッションにあきたらず自分たちが身につけたいファッションを求め、彫金職人のレナード・カムホート氏を引き入れて新たにブランドを設立へ

☆1988
リチャード・スターク氏、ジョン・バウマン氏と共にクロムハーツを設立

☆クロムハーツ時代 1988~1994頃
シルバー製品のデザイン、制作を担当(クロムハーツから依頼され外注的な立ち位置だったスタンリー・ゲス氏は主に特注品やギミック等を担当)

レナード・カムホートの初期のリングがとても着け心地が良かった事とスタンリー・ゲス氏はリングの制作がどちらかといえば苦手なところから(本人談)、レナード氏はクロムハーツの中でも比較的リング制作の比重が大きかったのではと推測(個人的推測)

☆1993~94頃
クロムハーツ全体で権利、金銭トラブル
分裂の危機、何ものかによってシルバー製品の原型、ゴム型の一部がクロムハーツから外部に持ち出されるというトラブルも発生(当時業界にあった噂話)

昔の年号の型はこの時に消失、ブランド側にも帰ってこず残っていないのでこの時期以降にカタチの変わった定番モデルがいくつか存在(確実な裏がとれなかったのでこれも噂話で)

この時期に古くからクロムハーツに在籍していたスタッフもかなり脱退、本社とファクトリーが移転

☆1995
レナード・カムホート氏 一度目のクロムハーツ脱退

長くなりそうなので今日はこのあたりで

Playback [90’s ~]

res0274.jpg
旧GABORATORY TOKYO
Post card

部屋を整理していると、昔友人が出してくれた古い
ポストカードを発見

一枚のカードからざっざっと記憶が蘇ってきたので
今日はそんな話でも

金曜日の夕方頃新大阪から新幹線に飛び乗り、東京
到着後に友人達と軽く飲むつもりが深夜まで(笑)

友人宅に泊めて頂き(感謝ッ)次の日にお酒が残る
事もなく(ワカイッテステキ)お店巡りへ表参道迄

信号を渡って暫く歩くと丸太に並ぶ列が目に入って
くる、並んでいる友人を見つけて軽く挨拶

「今日はどう?何か欲しいの出そう?」
「どうだろう、ここ数日の流れから考えると...」

そんな会話を幾つか交わして

「じゃ、また夜に」

一旦友人に手を振って、こちらは同じビルの地下へ
と続くコンクリートの階段を下っていく

「こんにちは」
「.....どうも」

店内はひんやりとしており、時折爆音で同じ楽曲が
リピートでかかっていたりしている

「これ見せてもらっていいですか?」
※ショーケースを無言で開ける
「どうぞ...」

※ここでは結局一度も「いらっしゃい」の類を聞く
事はなかったような気もする(笑)

当時、洋服店の片隅にあったショーケースに陳列さ
れたガボールのアクセサリーは何時も本当に数える
程しか店頭にはなかったが

ここでは時期によっては数が少ないながらも、それ
でも大物を含めて色々と見ることが出来た♪

中にはプライスがついてないものもあったりで値段
を聞くと調べて答えてくれたり

「いや、まだ.....」

とかそんなやりとりも何度かあった、人によっては
好みが分かれるであろうそんな接客だったが

※当時そんな空気感も含めてガボールでした(懐)

購入時にはステッカーをたくさんおまけしてくれて
いたりもして、個人的にはかなり好きなお店だった

今思えば未だにスナップ・オンに惹かれるのもここ
で最初に什器を見た影響がとても大きいのかも!

階段を上り、その後のランチで昼からビール飲んで
古着店も幾つか回り、夜はオフ会と言う名の宴会へ

90年代も終わり頃のそんな週末のヒトコマ

Beautiful carving [90’s ~]

res0245.jpg
LUZ(LIFE UNDER ZEN)
Logo ring_00's

現在は母国ブラジルにて活動されていますが
JUN MATSUI氏がデザインするオリジナルの

ニュースタイルトライバルは本業のタトゥー
だけてなくアパレルも日本で大人気でした!

暫く日本では展開がなかったのですが、近年
少しづつ日本国内でも服飾で新展開が♪

こちらは99年頃から表参道にあったスタジオ
で展開だったアパレルラインのロゴリング

発売当時に買い逃して、数年探し続けてよう
やく手にできたという思い出深いリング

生産数がかなり少ない感じだったので、結構
諦めかけていたのですが、念ずれば通じると
いうかひょんなところで機会が!

この経験から本当に欲しいものはめげずに探
し続けるようになりました(笑)

アクセサリーブランド以外でも、カッコイイ
ものは結構たくさんあるので

たまにアンテナを少しだけ広げて見てみるの
もまた面白い感じかもしれません

Cashmere scarf [90’s ~]

res0230.jpg
BURBERRY
Cashmere scarf
※Burberrys_90's

バーバリーのカシミアマフラー、厳選された上質の
カシミアはその独特の柔らかく繊細な質感と肌触り

そしてその軽さと保温力の高さから冬場に大活躍
してくれるそんなアイテムです

良いものを長く使うというのをコンセプトに、10代の
中頃にちょっと背伸びしてカシミアをチョイス

それからおよそ20数年経ちますが、その間に買い
足したのは薄手のスカーフは別にして

ドレイクスのカシミアのものを1本だけなので今思
えばとても満足な買い物だったのかも

もう少し年を重ねたら、同じくバーバリーで暖色系
の明るいものを1本買い足したいなと思っています

今はモノグラミングサービスも充実してきているの
で将来のちょっとした楽しみに♪

STAR MOTIF [90’s ~]

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King Baby Studio
Star Bracelet

キングベイビー初期のスターモチーフのブレスレット

着心地はさほどよくないのですが、個人的には絶妙
なサイズ感で普段の服装とも合わせ易く

手にしてからかれこれ15年前後は経ちますが、飽き
る事なく通年で愛用しています

このブランド残念ながら日本での取り扱い店は本当
に少なくなってしまいましたが(2016年現在)

本場米国でのプロモーションは非常に成功し、今や
知名度はクロムハーツに次ぐ程の勢いだとか♪

ブランディングって本当大事ですよね

ちょっとマニアックな話
先代のAMS.Silver & Leather の社長さんがご存命
だった2000年頃に大阪のパーティ会場にて
※当時は何度かご馳走になりました、改めて故人のご冥福を お祈り致します (=人=)

インストアイベントの為に来日中だったヴァン・アン
バーグ・レザーズのジェリー氏と共に

一緒に来日中だったキングベイビーのミッチェル氏
と偶然隣の席だった事もあり、その際に故ガボール
・ナギー氏とのエピソードも幾つか伺える事に!

ダガーエピソード

90年代初頭、ミッチェル氏のスタジオで机を並べ
て色々な仕事をこなしていた話や

故ガボール氏のやや自由奔放な行動に手を焼い
たことも何度となくあった話とか(笑)

それでもあいつは本当にナイスガイだったんだよ
と最後にフォローを入れてたのが印象的でした!

最近キーゼルシュタインコードのバックルを着用
したミッチェル氏の写真を某所でお見掛けしたの
で、もしかしたらこのころから既に何らかのコネク
ションがあったのかも・・・・・

ガボラトリーとしてのデザインの話もまた何か思
い出したらどこかに書こうかと思います!

テーラー東洋_90's [90’s ~]

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東洋エンタープライズ社
TAILOR TOYO
SOUVENIR JACKET

東洋エンタープライズ社は前身の港商(港商商会)
時代からスーベニアジャケット(スカジャン)の発祥
に関わり、脈々と製作し続けてきたメーカーで

90年代中頃からテーラー東洋ネームでスカジャン
のデリバリーを開始

最初期はヴィンテージで人気の型紙を惜しみなく
使って復刻、またジッパーにも回転式のタロンを
使ったりして新しい波を作るべく試行錯誤していた
そんな時期でした!

今日はREDEYESのアーカイブから90年代東洋
のスカジャンを幾つかピックアップして掲載

スカジャンは日本人が初めて作ったかもしれない
独自の洋服、流行の兆しがある際には一度手に
取ってみるのも面白いかもしれません(^-^)

× VICTORINOX [90’s ~]

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Tiffany & Co.
Atlast SWISS ARMY KNIFE

ナイフ、ハサミ、ヤスリ(マイナスドライバーにも)
とちょっとした際にとても使い勝手がいいので

デスク前の壁にランヤードを着けて飾ってあった
のですが、久々にすこし長めのボールチェーン
を通してペンダント仕様に!

このヴィクトリアノックスとのWネームのナイフは
日本国内のティファニー直営店舗にはほとんど
入ってこないので、海外の直営店舗に寄った際
に店頭にあれば必ずチェックしています

シーズンによっては稀にモチーフや柄の入った
りしたものがリリースされる時もあって、持って
いてもまた欲しくなるそんなアイテムかも

ちなみに海外からの出国時にはスーツケースに
入れておくのですが、X線検査で必ず引っかかる
ので(特に米国では係員が飛んで来ます_安全)

自分のパッキングはもはや開けられる事が前提
でいつも整理された状態になっています(笑)

こちらのアイテムはチェーンを通す部分も銀製な
のでキーリングよりもペンダントが前提ですが

日本では着用しない方が無難な地域もあるので
そのあたりは注意しないとなと思う今日この頃

初期A&G_09 [90’s ~]

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A&G
Turquoise Bracelet

初期A&Gのターコイズを使ったブレスレット、暑くな
ると着けたくなる一本

十数年前に当時懇意にして頂いていた方のお母様
より頂戴し、以来ずっと大事に愛用しています

初期A&Gの中でもかなり最初の頃に作られたブレス
でA&Gの刻印はなく

デザインに携わったであろうジョセフ氏のNと制作に
携わったであろうギローム氏のGがシルバーパーツ
にデザインの一部として入っています

※ちょっとマニアックな話_1
このブレスのシルバーの主要パーツはガボールで
言うところのチゼルド(槌目)になっています

昔、円筒型Tバー(チゼルド ボートリンクパーツ付)
をギロームロックと呼んでいた時期があった事と

初期A&Gのチゼルド仕様のアイテムがどれも非常に
丁寧に制作されていた事と

またガボラトリーから独立したデザイナーでチゼルド
仕様のアイテムをリリースする人が少ない事から

案外ガボールのチゼルドはギローム氏がオリジナル
または当初の担当だったのかもしれません(推測)

※ちょっとマニアックな話_2
このブレスレットが制作される前年までギローム氏
はクロムハーツでアクセサリーの生産管理を、また
ジョセフ氏はガラス製品に携わっていました

時代の流れもあってクロムハーツが定番商品として
ターコイズを使用するようになるのはそこからおよそ
20年後の事になります(※Spではあったかも)

さてこの二人クロムハーツではできなったアイデア
を新天地でしていたのか、それとも環境が変わって
新たに化学反応がおきたのか・・・

アイテムからそんな事を考えるのもまた楽しいです
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